名古屋高等裁判所金沢支部 昭和55年(ネ)37号 判決 1981年3月25日
控訴人 服部成男
右訴訟代理人弁護士 梨木作次郎
同 菅野昭夫
同 加藤喜一
同 鳥毛美範
被控訴人 浅村順久
右訴訟代理人弁護士 久保雅史
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同じである(ただし、原判決添付別紙物件目録の記載中に「ヌの六〇」とあるのを「ヌ部六〇番地」と訂正する。)から、これを引用する。
(控訴人の主張)
一、原判決は、被控訴人と訴外守昇との間の本件物件の売買契約につき、所有権留保の商慣習が存し、かつ、控訴人の即時取得の主張につき、控訴人には善意であることにつき過失があると判断しているが失当である。
(一) 原判決のいう商慣習なるものは、実際上、取引において所有権留保がなされていたことが時々あるというに過ぎないものであり、いまだ規範化したものではない。しかも、その内容は、代金債権を確保するという担保的な機能のみを持たされているものであって、かかる機能を有する方策の一つにすぎないものである。
(二) そして、取引の実態において、小売店(モリ機料店)が代理店(被控訴人)と所有権留保のままの売買契約を締結した場合でも、小売店は、代理店に代金を完済していない状態のままで、機屋(控訴人)に売買しているのが通常なのである。
それ故、このような場合に、機屋たる控訴人に、原判決説示のごとき注意義務までも課すのは、取引の実態を無視し、かつ機屋に酷にすぎ不相当というべきである。けだし、右注意義務を尽くした結果、小売店と代理店との間では所有権留保のままであることが判明した場合でも、小売店の代金完済を信頼して小売店と取引するのが通常であり、そうすることによって(そして、この機屋の信頼を保護することによって)、代理店―小売店―機屋の取引関係が円満に維持されるのである。現に、被控訴人は、原審における本人尋問において、所有権留保の物件を買主(機料店)が機屋に売却するのは自由であると供述しているのである。
二、控訴人は、さらに、被控訴人の主張に対して、次の二点を新たに主張する。
(一) 被控訴人と訴外守昇との間における所有権留保は、本来の完全な所有権を確保しようとするものではなく、その担保的機能に着目してなされるものであり、所有権のいわば価値的側面のみを自己に確保しようというものである。
従って、この所有権留保の関係は、いわば当事者間の内部関係にすぎず、これをもって第三者(控訴人)に対抗できないといわなければならない。
(二) 被控訴人の本訴請求は権利の濫用である。
すなわち、前述のとおり、所有権留保は価値的側面のみの確保を目的とするものであって、本来は、被控訴人において、買主(訴外守昇)の事前調査や他の代金債権の確保方策の用意をなすべきであって、それらを全くせずに(しかも、被控訴人は、守昇との間では代金支払方法についての取り決めさえしていなかったのである。)、第三者(控訴人)に不測の損害を与える所有権留保にのみ依存するのは、売主(被控訴人)として尽くすべき努力を放棄し、代金回収不能の危険をもっぱら第三者(控訴人)に転嫁するものであり、その不当なるこというまでもない。しかも、売主たる被控訴人は、買主たる守昇が第三者たる控訴人に転売することを容認し、その履行に協力し、かつ、それを期待していたものである。従って、かかる事情からして、被控訴人の代金回収不能の危険をもっぱら控訴人に負担させようとする、被控訴人の本訴請求は、信義則に反し権利の濫用というべきである。
三、本件は、いわゆる流通過程における所有権留保の一事例である。それは、根本的には所有権の帰属の問題であるが、権利濫用の成否としては、結局、衡平の見地からこれを決するべきである。
従って、即時取得や権利濫用の成否につき判断をなすにあたっては、単に個別的・孤立的に考えるべきではなく、通常の流通過程に生起する問題として、諸般の事情を考慮のうえ慎重に考えるべきである。現に、少なからざる判例が、そのような努力をして、即時取得の成否や権利濫用の成否につき、取引の実際に即した衡平な解決をはかっているのである。
そして、本件は、類型的にみれば、接続所有権留保型(第二売買が第一売主―被控訴人―ではなく第一買主―守昇―の所有権留保でなされる型)であり、転売授権(第一売主が第一買主に対して、第一買主がその通常の営業の枠内でその商品を転売することを承諾すること)がなされている事案である。
(一) 従って、第二買主(控訴人)は、第一売買についての所有権留保の知・不知にかかわらず、また、第一買主が第一売主に代金を完済したか否かにかかわらず、自己が第二売主(第一買主)に代金を完済している限り所有権を取得するのである。その根拠は、一つには転売授権そのものにあり、二つには利益衡量にある。
(二) ところで、本件では、第二買主たる控訴人は、代金をまだ完済していない。すなわち、控訴人は、守昇に対する代金一四七万円のうち一三五万円の支払いを終えただけである。しかし、右未払分一二万円は控訴人振出の約束手形による分割支払分(合計一九通・金額各六万円)のうちの二通分であるが、一通分は異議申立提供金を積んであるのであり、他の一通分は手形の支払呈示そのものがなかっただけのことである。そうとすれば、控訴人に対してその未払いを非難すべき点は軽微というべきであり、本件が前述のごとく流通過程における所有権留保の一事例であること及び控訴人、被控訴人の全体的な利害状況(ことに被控訴人が控訴人の代金支払途上において自力でもって本件機械の引き上げをはかったことなど)をあわせ考えると、利益衡量による軍配は、むしろ控訴人にあげるべきである。しかして、その法理は、転売授権論か、もしくは権利濫用論で十分に可能と考える。
(被控訴人の主張)
一、控訴人と訴外守昇との売買契約において、売買代金は合計一四七万円、支払方法は、控訴人所有の中古管巻機二台を価格二七万円で下取りすることとし、残金のうち六万円を現金で支払い、残りは控訴人振出の約束手形一九通(額面金額各六万円、合計一一四万円)で分割支払うこととされ、控訴人は右手形を守昇に交付した。
ところで、控訴人は守昇との売買に際しては、自ら認めるとおり手形金の完済までは、その所有権を取得できないと考えていたのである。従って、控訴人が即時取得を根拠として本件物件の所有権取得を主張することは自己矛盾であり、何ら理由がない。
二、右約束手形一九通のうち一〇通は、守昇から訴外大森建二に、次いで、同人から訴外鳥畑弘に交付され、さらに鳥畑弘から被控訴人に交付された。当時、被控訴人は守昇の行方を捜していたところ、その実兄鳥畑弘から「控訴人振出の手形一通を取立にまわしたところ、支払を拒絶されたので、残りの分も不渡になるだろう、自分が持っていても仕方がないので、被控訴人に預ける」といわれたので、右手形のうち一〇通(額面合計六〇万円)を同人から預ったのである。そして、右一〇通の手形のうち、八通分(額面合計四八万円)は支払期日に支払われたので、控訴人はその経理帳簿に「預り金」の勘定科目をたてて保管している。
右約束手形一九通のうち、第一回分の手形については、控訴人は契約不履行を理由に支払を拒絶した。従って、控訴人は当初は右手形金全部につき、支払の意思がなかったものと推認できる。ところが、被控訴人が本件物件につき執行官保管の仮処分を執行したところ、控訴人は当初右手形金を支払う意思がなかったが、仮処分執行後は、これを支払う意思に変更したのである。右約束手形一九通のうち残り九通の行方については、被控訴人は全く関知しないので、不明である。よって、かかる支払状況のもとにおいて、控訴人が本件物件の所有権を主張することは不法であり、また、被控訴人の本訴請求に対し、権利濫用等主張すること自体、何ら理由がないといわざるをえない。
三、以上のほか、控訴人の前記主張はいずれも争う。
(証拠)《省略》
理由
一 被控訴人が訴外モリ機料店こと守昇に対し、被控訴人所有の原判決添付別紙物件目録記載の宇野式全自動管巻機二台(以下本件物件という。)を、うち一台については昭和五三年八月一〇日ころ、その余の一台については同年九月一日ころ、代金各六四万円、合計一二八万円、代金支払期日を同年一〇月二〇日の約定で売渡したこと及び控訴人が右物件を占有していることは、いずれも当事者間に争いがない。
二 そして、《証拠省略》によれば、被控訴人は、浅村機料店を経営し、石川県鹿島郡鳥屋町に営業所を設け、製造業者から機料(織物製造用の機械及びその附属部品等)を買入れこれを小売店に販売するいわゆる元売業を営むものであり、訴外守昇はその小売店として機業(織物製造業)を営む者に対し機料の販売等の営業をしていたものであるが、被控訴人の加入する石川県機料商工業組合の組合員たる販売業者間には、本件物件のごとく比較的高額な織物製造用機械の売買においては、商品を買主に引渡した後も代金が完済されるまで所有権は売主に留保されるとの慣行が存し、右売買契約締結に際し、被控訴人はもとより、訴外守昇においても右慣行に従うことを当然としていたが、右売買契約自体が口頭によるものであったためもあって、ことさらこれを明示しなかったことが認められ、右事実によれば、右売買当事者間において、被控訴人主張の所有権留保の特約が黙示の合意により成立したものと解するのが相当であって、本件物件の所有権は代金完済まで売主である被控訴人に留保されていたものというべきである。
また、《証拠省略》によると、訴外守昇が右売買契約に基づく売買代金の支払をしなかったところから、被控訴人は同年一一月二日到達の内容証明郵便をもって訴外守昇に対し、右売買契約を解除する旨の意思表示をしたことが認められる。
三 そこで、控訴人主張の権利濫用の抗弁について判断する。
(一) 《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。
(1) 控訴人は、原判決添付別紙物件目録記載の本件物件所在地に織物工場を所有し、自動織物機一〇台等を設置して機業を営むものであり、織物製造用の機械及びその附属部品の買入れ並びにその修理等を通じてかねてから機料販売店との取引の経験のあるものであるが、強撚糸の織物に適した株式会社宇野製作所(福井市若栄町所在)製造の全自動管巻機を新たに購入しようと考え、同会社と能登地区販売代理店契約を締結し、これに基づき右管巻機の販売を取扱っていた被控訴人の前記営業所に赴き右管巻機の購入を申し入れたところ、同営業所の担当事務員から被控訴人は元売業者であるので被控訴人と取引のある小売店を通じて欲しい旨応答され、控訴人に対して直接販売することを拒絶された。
そこで、控訴人は、昭和五三年八月初めころ機料の小売店である訴外守昇に対し、前記宇野製作所製造の管巻機一台を、さらに同年八月中旬ころもう一台の購入を申し込み、同人はこれを承諾してそのころ右管巻機の元売業者であり、かつ、かねてから取引関係のある被控訴人に対し右管巻機二台を注文し、さらに被控訴人は守昇の注文に基づき株式会社宇野製作所に対し右管巻機二台を注文し、右注文に基づき本件物件である管巻機のうち一台は同年八月二九日に、他の一台は同年九月九日にそれぞれ同会社から直接控訴人方に搬入引渡された。
(2) 控訴人と訴外守昇との間の右売買契約においては、売買代金は合計一四七万円、支払方法は、控訴人所有の中古管巻機二台を価格二七万円で下取りすることとし、残金のうち六万円を現金で支払い、その余の一一四万円は控訴人振出の額面金額各六万円の約束手形一九通(支払期日は同年一〇月から昭和五五年四月までの各月一八日)をもって分割して支払う約定であった。
そして、控訴人は訴外守昇に対し、控訴人所有の右中古管巻機二台を引き渡し、昭和五三年九月一三日現金六万円を支払い、同月二八日右約束手形一九通を振出交付した。
(3) 控訴人と訴外守昇との間の右売買契約についても売買契約書等は作成されなかったが、訴外守昇は同業者間に存する前記所有権留保の慣行に対応して、代金の完済まで本件物件の所有権が売主である訴外守昇に留保されることを当然の前提とし、控訴人もまた前記のとおり代金の分割支払が長期間に及ぶことから、本件物件の所有権が代金の完済まで自己に移転しないことを当然のこととしていた。かくて、右売買においても右所有権留保の特約が黙示の合意により成立するにいたっていた。
(4) 控訴人は、右売買契約当時、本件物件が前認定の過程を経て搬入引渡しを受けたものであることを知悉していたが、販売業者間に存する前記所有権留保の慣行を知らず、また、売主である訴外守昇からも同人と被控訴人との間の前記売買契約の内容につきとくに説明がなかったところから、右物件の所有権が確定的に訴外守昇の所有に属しており、従って、控訴人が右代金を完済することによって右物件の所有権を取得することができるものと信じていた。そのため控訴人は右物件の所有権の帰属につき、被控訴人に照会するとか、訴外守昇から被控訴人に対する代金支払に関する領収証の提示を求めるなどの調査はしなかった。
(5) 控訴人振出の前記約束手形一九通は訴外守昇に対する本件物件の代金支払のために振出、交付されたものであるが、控訴人はそのうち一七通(額面金額合計一〇二万円)についてすでに手形の支払呈示を受けて支払をした。そして、その余の二通については支払をしていないが、そのうち支払期日を昭和五三年一〇月一八日とする一通は、訴外守昇が同年九月二九日倒産し、一時所在不明となったところから、被控訴人が同年一〇月一七日控訴人方に赴き控訴人に対し本件物件の引渡を請求したため、控訴人において契約不履行を理由に右手形による支払を拒絶し、不渡処分を免れるため支払銀行に異議申立保証金を預託しているものであり、他の一通(支払期日・昭和五四年三月一八日)については支払呈示そのものがなかったため支払がなされていないものである。
かくて控訴人は本件物件の売買代金一四七万円のうち一三五万円についてその支払をしたが、残余の一二万円の支払のために振出、交付した右手形二通のみが、右理由により未払となっているのである。
以上の事実が認められる。
(二) しかして、叙上認定の事実によれば、控訴人の本件物件の取得は、その製造業者である宇野製作所から販売代理店である被控訴人へ、次いで、被控訴人から小売店である訴外守昇へ、さらに訴外守昇から機業経営者である控訴人へと順次転売がなされたことによるものであり、いずれも営業の通常の過程において転売を予定して買主に売られた商品が転売されたというにすぎないのである。
ところで、被控訴人と訴外守昇との間の前記売買契約には代金が完済されるまで本件物件の所有権を被控訴人に留保する旨の特約が付されていたのであるが、控訴人は右特約の存否につき調査等をしていないのである。しかしながら、本件物件についての前認定の転売過程にてらすと、控訴人が訴外守昇から右物件を買受けるに際し、同人と被控訴人との間における契約関係の内容を調査し、その契約に所有権留保の特約が付されているか否かを確認するために契約書や領収証の提示をまで求めるべきであるとするのは、取引の実情にそわないものであって、いささか酷にすぎるものというべく、控訴人が右のごとき調査をしなかったからといって、この点に過失があるということはできない。のみならず、控訴人が訴外守昇に対する売買代金を完済しても、同人による被控訴人に対する売買代金の支払がなされない以上は本件物件の所有権を取得しえないことを承認していたなど、特別な事情が認められない本件においては、控訴人としては訴外守昇に対する売買代金を完済することにより右物件の所有権を取得することができると考えるのが取引当事者の通常の意思に合致する所以であり、被控訴人としてもそのような結果となることを容認していたものというべきである。
従って、少くとも控訴人の訴外守昇に対する売買代金が完済もしくはこれと同視しうべき状況となった時点以降においては、被控訴人が訴外守昇に対する留保所有権を主張して控訴人に対し本件物件の引渡を請求することは、控訴人に不測の損害を蒙らせるものといわざるをえないのである。
また、本件においては、控訴人の訴外守昇に対する売買代金の一部に未払が存するのであるが、右売買代金総額一四七万円のうち一三五万円についてはすでに支払ずみであり、残額は一二万円(右総額の約八パーセントにあたる。)にすぎず、これが未払となっている前認定の経緯にてらすと、控訴人主張の権利濫用の抗弁の当否を判断するうえにおいては、控訴人は右代金を完済したものと同視しうる状況にあるものというべきである。
そうすると、被控訴人の本訴請求は、被控訴人が本件物件の販売代理店として、その小売店である訴外守昇が右物件を機業を経営する控訴人に販売するについては、その売買契約の履行を容認しておきながら、訴外守昇との間で締結した右物件の所有権留保特約付売買について代金の完済を受けないからといって、すでに右物件の引渡を受け、代金を完済したものと同視しうる状況にある控訴人に対し、留保された所有権に基づいてその引渡を求めるものであり、右引渡請求は、本来被控訴人において訴外守昇に対してみずから負担すべき代金回収不能の危険を控訴人に転嫁しようとするものであり、自己の利益のために代金の殆どをすでに支払い、これを完済したものと同視しうる状況にある控訴人に不測の損害を蒙らせるものであって、権利の濫用として許されないものと解するを相当とする。
(なお、控訴人は、仮に、本件物件が被控訴人の所有であったとしても、控訴人は訴外守昇から右物件を買受け、即時取得によりその所有権を取得した旨主張するが、前認定のとおり、右売買契約は所有権留保の特約の付されたものであり、控訴人において右代金を完済するにいたっていないのであるから、控訴人の右主張は採用することができない。)
四 よって、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当でないから、これを取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 黒木美朝 裁判官 川端浩 清水信之)